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『胡蝶立つ』男男Ver.

​作:声劇団LutM・黒斐みかん

1、起

 

『何事にも始まりというものがある。大事の前には大抵小事があるものだ。蝶の羽ばたきが竜巻を起こしたりね。では、蝶の羽ばたきの前には何があったのだろう。全てに始まりがあり、終わりがあり、また始まるのなら、万事は通過点に過ぎない。いつか終わりを迎える、私の命も。』

 

***

 

2、気(紛れ)

 

『あー………なんか用?』

「えっ、はっ、…なっ、なんだよ」

『いやあそれはこっちのセリフなんだよなぁ。目の前に立って私に話し掛けようか迷いに迷ってたでしょ、流石に察するって』

「………べつに。」

『私は今君がどういった人なのか判断に迷ってるよ。SF映画のコスプレみたいな白ずくめ。モデルか、不審者か、そうだなあ、この時代の人間じゃないとか、…人間じゃないとか!?』

「…黒ずくめの人間から異様扱いされるのは心外だな。人間だよ」

『人間なのか』

「見れば分かるでしょ。……確かにこの時代の人間ではない、けど」

『へーーーーー??!ああ、そういうタイプの不審者か』

「ぐっ……ちがっ、……時間旅行者だよ。タイムトラベラー。」

『えええ、なんかこう、もうちょっと現地人に馴染む努力しないとじゃないの』

「いちいち気配りなんかしてられないから、姿が見えなくなるアイテムを使うのが一般的なんだ」

『匙投げちゃったかあ。』

「些事(さじ)にとらわれてないだけだよ」

『ああ言えばこう言う。君のアイテムは壊れちゃったりなんかしたわけ?それとも見せてる?』

「………用が、」

『うん』

「……ない、よ」

『絶対あるじゃんね〜〜、まあいいけど。(肩を竦める)』 

「ただの、通り過がり。」

『ほいほい』

 

  

3、忌(み)

 

『 通り過がってどこまで行くの?』

「始まりまで。いや、終わりまで…かな。」

『………んん?』

「知らなくていい(肩を竦めて)……きっと今に成果が現れるはずなんだ。今禁忌破ってるとこだから」

『はあ???まじで???禁忌ってなに?なにしてるの?別に何もしてないよね?私と話してるだけ……って………まさか!』

「そう、俺は未来のアンタの……」

『未来の…私!?まじか!?ずいぶんイケメンになったもんだね!?整形…、ってこと!?うっわー思い切ったなー!!そりゃあねえ、人間死ぬ気になりゃなんだってできるってわけか!へえー!!』

「アンタの、遠い子孫だよ。恥ずかしいな」

『いやほんと恥ずかしいなごめんね!?孫だかやしゃごだかしらんけどアホな先祖でほんと申し訳ないわ。しっかしまじで?子孫?すご、私結婚する気なかったんだけど』

「…しなけりゃよかったのに」

『いやするつもり微塵も無いんだけどね??……はえー…未来、わっかんないなぁ…今こんなに死にたいのに、そんで結婚するんか私。うそじゃん…』

「はあ??……ふっざけんな!!そんな軽いノリで死にたいとか言ってんなよ!!死にたいのは俺のほうなんだよ!!」

『はああ?????』

「ふざけんなくそったれ、ふざけんな!ふざけんな……(その先の言葉を腹の中に抱えて抑え込むようにしゃがみこんで頭を掻きむしる)」

『あー……まあなんだ、茶でもしばこうか兄ちゃん』

 

4、機(転)

 

『兄ちゃんいい子なんだなぁ。悪いけど私、結婚して子どもができて、その子が結婚して子どもができるまで死ねないや』

「いいよ、どうせもっと遡るつもりだったし。生まれたことそのものを無かったことにしたいんだ。アンタはアンタの人生を生きたらいいよ、俺が遡るだけ遡って全部無かったことにしちゃうけど。ごめんね」

『いやいやいやいやまず何があったのかおじちゃんに話してみ?死にたい歴15年の三十路に暗い話も重い話も大したダメージじゃない』

「それは多分……アンタが特殊個体なんだよ」

『まあ?傷だらけの大人全部が私みたいに余裕たっぷりに振る舞えると思わない方がいいね、ベイビー』

「完全躁転してんじゃん」

『いいじゃん、私は空回りするほどの空元気有効活用してやっと生きてんの。かたかたかたっと回転が早い方がなにかいいこと思いついちゃったりもするし?』

「ふうん。」

『で?なんでそんなに死にたいの』

「生きてるのが苦痛だから。辛くて苦しくて何の意味も見出せない」

『そっかー、いやー、私もそういう時期あったなあ、ほんとに。しんどいよね。そのうち楽になれるといいねえ。………いや、むりかー』

「そうだよ、無理なんだよ…」

『いやいや、その苦しみを越えられることはあると思うよ。見てくれて、手を差し伸べてくれる人がいて、きっと安らぎを手にする日が来る』

「来ないよ、そんなの…」

『少なくとも今私は君を見てる。私みたいに君を旅立たせたくない人間は居る。それに気付いて、手を取ることができたら人生は変わる。その上でまだ死にたい気持ちが無くならないことに、驚くことになるかもね。私も、もうそんな今すぐ死にたいわけじゃないんだよ。過去の私の声がずっと響いてるだけなんだ。死にたい、死にたいって。』

「そっちの気持ちの方が俺はよく分かるよ。生きるのって、辛いじゃんか」

『まあね。でも私、自害は考えたけど他害は考えたことなかったな〜。自分の一族丸ごと無かったことにしたいほどのなにがあるのさ未来で。未来って今の累積でしょうよ?私にもなにか積み重ねて変えていける余地があるかもじゃん。言ってみ?』

「………。生まれてきちゃいけなかったんだ、俺が生まれて来なければ……」

『あ〜〜〜〜ね、分かりみが深いけど…もうその点においては大丈夫なのを、なんとか伝えたいな』

「何が大丈夫なんだよ。何も知らないくせに」

『うん、知らないよ。遠く遠くのまだ見ぬ子孫なんか、実感湧かないし他人みたいなもんじゃん。ほぼ他人でも、君みたいな子に出会えて嬉しいよ。こういう、死にたいだとかなんだとかって話を遠慮なくできる相手は貴重だから』

「……」

『でもまだ説得力なかろ?だからさ、君の生まれたことに、ここに来たことに、私と君の出会いに、意味を作っちゃおう』

「…は?」

『いーこと思いついちゃったんだ』  

 

 5、紀(行)

 

『ふふん、作戦はこうだ。この場所でもう10年遡ると、私が居る。私に、これを渡してほしい』

「……なにこれ。本?」

『本。英語で書いてある教典。勉強に使えるかなと思ったんだけど、ついぞ開かないで本棚の肥やしになってた』

「なんでそんなもの今持ってんの」

『偶然。どうせ読まないのに、暇つぶし用になんとなく鞄に入れてた。思い入れはあってね。物思いにふけってたら君が来た。私に何の用だった?』

「……消す、つもりで」

『殺すってこと?』

「………。」

『覚悟、できてなかった?』

「………。俺だって………!ただ、誰にも迷惑かけないで消えたいだけなんだよ………」

『そうだね。でもさあ、今の私は、死にたくないんで、消されるのは勘弁かなぁ』

「…。うん」

『10年前の私と違って、幸せなんでね。その上で、もう何も考えずに幸せだった頃には戻れないんだなーって、もう一度幸せになれた今なら、終わってもいいや、って、思っちゃう。絶賛死なないためのレール敷き直してるとこ。』 

「………俺、人の邪魔ばっかして、ほんと、死んだほうが」

『ん。その地獄から抜け出せる日がいつか来ることを私は願うよ。今君が生きてるのはさ、毎日毎日辛くても生きることを選んで踏ん張った君が繋いだからで…それって、私が踏ん張った証でもあるんだから。生きてみてよ。…なんて、しんどい時に言われても腹立つよね〜。でも先祖権限で言わせてもらう。私の踏ん張りを無に帰(き)さないでほしい』

「勝手を言うなよ!俺の人生だ!!先祖とか、他人の頑張りとか、関係無い」

『そうだね、君の人生だ。だからこれは、取引のご提案。』

「…取引?」

『10年前の私にこの本を手渡してほしい。言葉はかけなくていい。なにも言わずにただ押し付ければ受け取るから』

「変だろ、それ」

『私は、最期に笑って死にたいと思いながら必死に今を積み重ねて、ここに立っているんだよ。その証が君だ。君が生きてくれると私はとても嬉しい』

「……。」

『で、私が今生きてるのは、君のおかげだ。』

「それは…生きた証が、目の前に現れたから?ってこと?」

『それもおおいにある。でももうひとつ……君が本を私に渡すからだ。』

「ええ…?」

『君を忘れないよ、タイムトラベラー。きっと私だけじゃない。続いていく日々の中で、君を記憶する存在の数だけ、君は確かに何かを残すんだ。行ってらっしゃい、よかったらそれが済んだらまた帰っといで。ここに』

「……気が向いたら。」

『自分家に帰ってもいいし。』

「それは絶対嫌だけど。」

『消えたい一念(いちねん)で時代超えられるなら、家出くらい楽勝じゃない?でもま、無鉄砲は推奨しないよ。命張るのは計画的にね』

「………。分かった。じゃーね。」 

『おー、いってら!』

 

***

 

6、記(憶)

 

『駅のホームでベンチに座っていただけなのに、勧誘されるでもなくただ経典を手渡されたことはある?よほど俯いて、救いを求めているように見えたのかな』

『とくになにか言われたりなどしていないはずだし、私がなにか返事をしたかどうかも覚えていない。覚えているのは、それが本当に全くの他人だったこと。』

『要らないのになんとなく捨てられず何年も手元に置いてしまったのは………どん詰まりにあった私を気にとめた誰かがこの世界にいたという事実が、あの頃の私の心を少しだけ軽くしたからなのかもしれない』 

 

『これは、あれから10年経ってなんとなく、10年前と同じ駅のホームで誰かを待っていた私の前に、一羽の蝶が現れたというお話』

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